長いので目次。

  1. なぜ?はちみつは腐らないのか
  2. 微生物と水分
  3. 水分と糖
  4. 花蜜と酵素
  5. 酵素とバランス
  6. はちみつと保存
  7. 最後に

 

1,なぜ?はちみつは腐らないのか?

一般的にはちみつは「腐らない」「保存が効く」と言われます。その理由をここでははちみつの成分と併せてちょこっと専門的にお答えします。その前に上の問を別の表現に変えます。

 

~はちみつになる前の、花の蜜は、腐らないのか?~

 

答え。腐ります。

花蜜の保存環境にもよりますが、腐ってしまう花の蜜を、腐らない花の蜜に変える生き物がいて、それがミツバチであり、その蜜を私たちは「はちみつ」と呼んでいます。

花蜜の成分は大雑把にいうと水分です(他の農産物と同じくらいに考えてください)。そして主に糖(ショ糖※1)です。蜜源となる植物によって含有量が違います。アミノ酸や香気成分も含みますがここでは省きます。

一方、はちみつの成分の75~80%は糖です。詳しくは果糖※2とブドウ糖※2と、微量の「オリゴ糖(少糖類)※3」や「ショ糖(花蜜由来)」です。もっと細かいのですがここでは省きます。

大まかな割合は果糖35~40%くらい、ブドウ糖30~35%くらい、オリゴ糖やショ糖は、果糖とブドウ糖になれなかった残りの5~15%くらいに考えます。実際の割合は蜜源植物によって変わるので明記が難しいところでもあります。簡潔に言えば100gあたり80gくらいは糖です。そして残りの20gくらいが水分です。(本当に簡潔に書きました。)

手書きはちみつ成分比

三大栄養素である炭水化物は、一般的に「糖質+食物繊維」のことを指します。しかしはちみつにはこの食物繊維が含まれません。よってはちみつの成分でいう炭水化物とは糖質と同じと考えて差し支えありません。

つまり、はちみつは少量の水分の中に、高濃度の糖が溶けた状態です。花蜜のそれとは逆になっているくらいに考えてください。でもなんで?これで「腐らない」「保存が効く」のでしょうか。


※1、ブドウ糖と果糖が1個ずつ付いた糖。二糖類ともいう。
※2、それぞれ単糖と呼ばれます。小腸で負担なく吸収される代表的な糖の一種です。
※3、少糖類ともいう。糖分子の組み合わせで様々な名称がつけられるので、それらの総称くらいに考えてください。オリゴ糖という名前の糖はありません。(単花蜜と呼べないものを百花蜜と呼ぶみたいな…単糖と呼べないものをまとめてオリゴ糖と呼んでみた感じでしょうか。)

 

2,微生物と水分

はちみつに限らず、一般的に食品の腐敗を起こすのは微生物の仕業になります。微生物とは細菌やカビのことです。細菌もカビもどちらも性質の違う微生物ですが、見た目や風味を損なうだけではなく、人体に悪影響を及ぼす毒素を出すという意味で、ここでは「微生物が増える=腐敗」と定義します。

(腐るって線引きが難しいのですが、腐ってるくらいがちょうどいい食材、またはそれが好きな嗜好の方は世間話くらいに聞いてください。)

一般的な微生物は、活動、繁殖するのに水分を必要とします。はちみつの水分量はミツバチの働きによって少なくなった状態なので、これだけでも細菌やカビが生育しづらいといいたいところですが、水分量以上にもっと大事な要素があります。

ムズカシイ言葉ですが「水分活性の高低」で表現します。微生物はわがままな奴で、欲しいのは単なる水ではなく、誰の目も気にせず自由に浴びれる水(自由水という)を欲しがっているくらいに考えてください。この自由水の量を示すのが成分活性です。多くの微生物は自由水がないと身動き取れません。

つまりはちみつの水分は、微生物にとって自由に使えないものになっています。なぜか。

のどがかわいた微生物


3,水分と糖

はちみつの水分活性を語るうえで大事な要素が、糖の存在です。

浸透圧という言葉があります。中学?高校?の授業か、ナメクジに塩を云々…一度は聞いたことがあるかもしれません。浸透圧とは水分が移動するための圧力くらいに考えてください。水分は浸透圧の低いところ(低濃度の水溶液)から高いところ(高濃度の水溶液)へ移動します。

糖はこの浸透圧が非常に高く、周囲からあらゆる水分を引っこ抜きます。加えて手にした水分を離しません。微生物が自由に使おうとした水を、糖がバシバシ奪うイメージです。ミツバチが花蜜をはちみつとして濃縮していく作業は、まさに水分活性を低くする作業になります。

 

浸透圧の高い糖は、ある意味水に溶けやすい(親水性)物質であるものの、はちみつ自体かなりの高粘度のためすぐには溶けません。本来であれば吸湿性(ここでは吸水性といってもいい)があれば冷水にも溶けそうですが、実際はそうなりません。水の分子が入り込めなくなるほど糖の分子ががっちり組み合っているイメージです。ちなみに暖かい温水には溶けます。


 

4,花蜜と酵素

花蜜が腐ることなくはちみつになる大事な要素をもう一つ。ミツバチが巣に持ち帰る花蜜が占めるショ糖は「インベルターゼ※4」という酵素によってブドウ糖と果糖に分解されます。この酵素はミツバチの口腔を経由した時点で与えられ、濃縮作業と同時進行で作用します。

はじめに、ミツバチは巣に持ち帰った花蜜をすぐに巣房に蓄えるのではなく、それぞれ互いの胃の中に蓄えつつ、口からの出し入れと、巣内の乾燥した空気に晒すことを繰り返して花蜜の水分量を半分くらいになるまで濃縮します。ちなみに巣箱内ではミツバチの羽の振動によって35℃前後の暖かく乾燥した空気に保たれています。

次に、花蜜は巣房に移し替えられますが未だ水分が多く残っているので糖による防腐効果は望めません。この水分が多い時、ブドウ糖に作用する酵素があります。これがミツバチ特有の「グルコースオキシターゼ」です。この酵素はブドウ糖から、グルコン酸※5と過酸化水素※6を生成します。過酸化水素は消毒液みたいなものと考えてください。

過酸化水素の生成には空気(酸素)も必要なので、花蜜の時点、または蜜蓋※7で封をされていないはちみつの時点において殺菌という大事な働きをします。花蜜の水分が多いうちに、つまり水分活性が高いうちに酵素は働き、過酸化水素と同時にグルコン酸を発生させ、はちみつができる過程で酸性※8の性質に導きます。

多くの細菌は酸性下で活動が抑制されることがわかっています。カビも同様ですが酸性下で生育するカビも存在します。とはいえ過酸化水素の働きに加え、水分の濃縮作業も同時に進み、早ければ1日、遅くても3日もあれば花蜜の濃縮作業は完了する(蜜蓋※7で密封される)ため、自ずとカビも抑制されます。

※4、花蜜や花粉由来のインベルターゼもありますが、ミツバチ由来のインベルターゼが一番花蜜に作用します。
※5、有機酸の一種です。酸性の性質を帯びます。腸内細菌叢を維持する効果が知られています。
※6、過酸化水素には殺菌洗浄効果があります。一般的に消毒液オキシドールの成分として知られています。
※7、濃縮が終わったはちみつに被せられる薄いロウでできた蓋のこと。
※8、はちみつはph3.5~4.5前後の弱酸性といわれます。種類によってはph3.0近く示すものもあり、ほぼ酸性に近いです。

 

5,酵素とバランス

最初に、はちみつに含まれる糖にはオリゴ糖やショ糖が微量ながら含まれると書きました。オリゴ糖が生成される経路はいくつかあるそうですが、ブドウ糖や果糖の生成よりも複雑で研究も途上段階です。オリゴ糖の過多は蜜源植物の違いによるところが大きく、花粉の量はじめ天然の酵母菌、酵素ジアスターゼ※9や先に触れた酵素の作用次第で変わってくるそうです。

ちなみにショ糖については花蜜由来のショ糖が残るためです。本来ショ糖は、酵素インベルターゼの働きによって、すべて、ブドウ糖と果糖に分解され無くなるはずです。もっといえば酵素グルコースオキシターゼが働けば、ブドウ糖はすべてグルコン酸と過酸化水素になり、ブドウ糖は無くなるはずです。でも、そうはなりません。何故か。

あらゆる酵素はもともと作用する対象や環境が決まっています。インベルターゼもグルコースオキシターゼも「ショ糖が少なく」「水分が少なく」「酸性が強く」となったはちみつの条件下では、働きません。

またグルコースオキシターゼが働かなくなった後、せっかくの過酸化水素もはちみつ内にとどまることはなく、常に消費され続けます※10。難しいのは酵素は時間の経過でも減少します。直射日光にも弱いです。酵素はたんぱく質で出来ているため熱にも弱いです。重要なのは作用するタイミングと、その加減です。無駄な酵素活性ははちみつを別の何かに変異させてしまいます。ミツバチは自分たちのご飯を見事なまでのバランス感覚をもって作り上げます。バランスとはまさに自然がつくる均衡のことです。

※9、アミラーゼともいう。人体にも備わっています。一般的に炭水化物(でんぷん質)を分解する酵素くらいに考えてください。
※10、はちみつにはカタラーゼという酵素を含みます。過酸化水素を分解する酵素と思ってください。人体にも備わっています。過酸化水素は保存には適しているものの、体内に取り込むにはちょっと毒が過ぎるからです。

 

他の成分について少し触れますが、はちみつには多種にわたる栄養素が認められます。回りくどい表現をしましたが理由は、

「含まれる栄養素の種類は多いが、その量は決して多くはありません。」

という意味です。間違ってもはちみつだけでビタミンを補おうとしないでください。水分の都合上、水溶性ビタミンは微量ながら含みますが脂溶性ビタミンは含みません。(はちみつの脂質は0です。ちなみにナトリウムも0です。)一応認められるのはミネラルです。精製された白い砂糖よりも多いですが、精製されていない黒砂糖よりも少ないです。もちろん、額面の数字で示される栄養と、実際に吸収・利用される栄養に隔たりがあることはご承知ください。

ミネラルは通常、土壌由来の成分です。はちみつのミネラルは花蜜に加え多くは花粉に由来します。よって蜜源植物が生育している土壌や天候、風土に左右されます。それでも決して多くはありまさせん。たんぱく質(アミノ酸)もほぼ花粉由来、または酵母菌の働き(発酵現象※11)で増減しますが決して多くはありません。

ミツバチにとってこれで充分なんだと思います。どうぞ皆様はバランスの良い食事を心がけてください。

含まれる栄養の筆頭格、ブドウ糖は小腸ですぐに吸収される糖と言われます。正しくは小腸がナトリウムを良く吸収する器官であり、そのナトリウムとブドウ糖がくっ付きやすいからです。ブドウ糖の吸収を促したい方ははちみつ以外からナトリウム※12の接種もお勧めします。

※11、詳しくは「Q&A,発酵のこと」をご覧ください。リンク!!!!
※12、正しくはナトリウムイオン(Na⁺)です。食塩を水に溶かしたものと考えてください。取りすぎに注意しましょう。

出典引用元:文部科学省食品成分データベース令和5年版

※数字は100g当たりです。蜜源の種類や採集年、採集期によっても変わります。

 



6,はちみつと保存

花蜜は腐るのに、はちみつが腐らないのはシンプルな原理です。でも、もし、はちみつに…

 

~細菌やカビが繁殖するときは、どんなときか?~

 

答え。水分によって希釈されたとき。

 

です。腐る原理もシンプルです。

はちみつがはちみつ以前の花蜜同様に、希釈された糖では水分活性が高くなるからです。いわゆる果実や野菜などを漬け込んだ時やその他水分を含むもの、その抽出液などははちみつの保存性を妨げます。よってなるべく早く召し上がっていただくか、必要に応じて冷蔵庫で保存してください。もちろん普段ご利用のはちみつは、直射日光を避け常温保存で問題ありません。

他に例を挙げるならば普段ご利用する中で、

  • 容器を正しく密封していない
  • はちみつの中に食べ物屑や他の屑を落とす
  • 汚いスプーンで触れる等を繰り返す
  • etc...

など、これらを繰り返すとカビが発生する可能性があります。それははちみつ内部に発生するのではなく、いわゆる異物の周辺や表面に発生するものです。まれにはちみつの中に「白く沈殿したカビ」「フワフワ浮遊したカビ」があると指摘される方がいますが、カビではありません。ブドウ糖が結晶したものです。カビは空気に触れているところでのみ発生します。詳しくは「Q&A,結晶のこと」をご覧ください。

また、はちみつの抗菌力にどこまで寄与しているかわかりませんが、ビン詰めされたはちみつの場合、空気(酸素)に触れる表面部分では微量な過酸化水素反応(酵素による反応)を示すそうです。ただ、長期保存については水分量の少なさを一番に考えてください。


 

7,最後に

腐る・腐らないの説明を長々と、微生物や成分と交えて話した理由として、弊社はじめ多くの養蜂業者は、販売する「はちみつ」に対して滅菌処理・加熱殺菌をおこないません。はちみつは自然のままであるべきという考えのもとです。(他の農産物と同じくらいに考えてください。)よってはちみつには少なからず微生物が存在します。全てとは言いませんが代表的なのは「ボツリヌス菌」です。腸内環境の整っていない体内では、ボツリヌス菌が増殖する可能があります。よって一歳未満の乳児には、はちみつを与えないでください。

ただ一つ申せば、はちみつの中ではあらゆる微生物をはじめ、極悪ボツリヌス君ですら、

小さくも生命力溢れる花々に、

脈々黙々と続く粉羽砕身と

絶妙な自然の均衡を加えた

はちみつの前では力敵いません。

彼らは悠久を生きてきた生き証人です。そんな彼らが今なお食べ続けているのが「はちみつ」です。どうぞ皆様の食卓におかれましても、命を紡ぐ大自然、そのほんの一部分ではありますが、バランス良い食事の一つに加えて噛みしめていただければと思います。


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